連載記事ウェブアクセシビリティを知ろう

連載29:ウェブアクセシビリティ入門:ユーザのウェブ利用に不可欠なステップ

渡辺 隆行(JWAC理事長,東京女子大学)
2023年8月1日

JIS X 8341-3には4つの原則(知覚可能,操作可能,理解可能,堅牢)がありますが,認知心理学の知見で考えると,最初の3原則は人間の情報処理の過程を示しています[1].

  1. 知覚システム:視覚・聴覚・触角などの知覚プロセッサが,それぞれ得た知覚情報を処理し,視覚イメージストアや聴覚イメージストアなどに一時的に情報を蓄える.
  2. 認知システム:イメージストアに蓄えた情報の意味を解釈する.処理した情報は短期記憶や長期記憶に記憶される.また,意味の理解や判断なども行われる.
  3. 運動(操作)システム:認知システムの処理の結果,意図をもって外界に働きかける.

視覚などの知覚器官で知覚できなければ情報を入手することができません.全盲の視覚障害者は視覚を使えないのでスクリーンリーダで読み上げて聴覚で情報を伝えたり,点字を使って触覚で情報を伝えたりする必要があります.知覚システムで情報を入手できても,外国語で書かれていたら日本人には理解できません.テレフォンサービスで「XXの人は0を,YYの人は1を,.....ZZZの人は20を押してください」と20個も選択肢を読み上げられたら記憶できません.知覚した情報を理解したり記憶したりできることが必要です.理解した情報を元に判断を行います.その判断を元にキーボードを押したりマウスをクリックしたりしますが,マウスを使えない視覚障害者の場合はキーボードで操作できる必要があります.このように,少なくとも知覚システム,認知システム,運動(操作)システムのすべてに成功しなければユーザはウェブを利用することができないのです.

JIS X 8341-3の4番目の原則である堅牢(robust)は技術の話なので,認知心理学で説明する今回の話とは関係しません.

では,この3原則が守られていればユーザはウェブを利用できるのでしょうか?そこで参考になるのがノーマンの行為の7段階理論[2,p55]です.

  1. ゴールの形成
  2. プラン
  3. 行為の詳細化
  4. 実行
  5. 知覚
  6. 理解・解釈
  7. 評価・比較

ユーザがウェブを使うときは目的(ゴール)があります.ゴールを元に行為のプランを立てて,そのプランに必要な行為を(無意識に)詳細化して実行(操作)します.それは目的のウェブサイトを開く操作かもしれません.操作の結果,開いたウェブページを知覚します.その内容を理解.解釈して,自分のゴールが達成されたかどうかを評価します.ゴールが達成されていなければ,ゴールが達成されるまでこのループを繰り返します.この7段階のどこかが欠けるとユーザはウェブを利用できません.

この7段階の中でJIS X 8341-3の3原則は,「5.知覚」,「6.理解・解釈」,「4.実行」に相当します.つまり,「1.ゴールの形成」から「3.行為の詳細化」が含まれていません.ユーザはゴールを達成するまで7段階のループを繰り返すことも明示されていません.

JIS X 8341-3を用いてウェブアクセシビリティを考えるときは,ここに注意する必要があります.制作しているウェブサイトはユーザのゴールを満たしているのか? ユーザが行為の詳細化をしやすいようにデザインされているか? そういうことにも注意してください.そのためには制作前のユーザ調査や制作後のユーザによる評価(ユーザ・テスト)も大事になってきます.

参考文献

[1] 渡辺隆行(2018):東京女子大学「人間科学概論IIB」テキスト
https://www.univ-web.org/nabe/lec/HSintroIIB/#CognitiveScience外部サイトを別ウインドウで開きます
[2] D.A.ノーマン(2015):増補・改訂版 誰のためのデザイン?,新曜社.

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