連載記事ウェブアクセシビリティを知ろう

連載28:障害者権利条約に基づく定期審査の衝撃(1)

山田 肇
2023年1月10日

障害者権利条約は、条約の義務の履行状況を定期的に報告するように締結国に求めている。わが国は2022年に最初の報告を提出し、8月に国際連合障害者権利委員会で審査が行われた。

権利委員会による審査報告は9月9日に公表外部サイトを別ウインドウで開きますされた。これには、わが国の障害者施策に対する厳しい批判が並んでおり、情報アクセシビリティ施策も改善が求められた。今回と次回の二回にわたって、権利委員会からの指摘について解説する。

審査報告は日本の法制度が古い「医学モデル」から脱却できていないとして、法制度から医学モデルの要素を排除し、「社会モデル」に転換するように求めた。権利条約の基盤は社会モデルである。これは、障害者の社会参加を阻むのは社会の側に障壁があるからで、社会の側に変革が求められるという考え方である。一方、目が見えない人、足が悪い人にはそれぞれ個別に、特別に対応しようというのが医学モデルである。

多様な利用者が閲覧できるように、閲覧を妨げる障壁をあらかじめ排除することで、ウェブアクセシビリティに対応したサイトが出来上がる。これも社会モデルに基づく対応策である。

医学モデルから社会モデルに転換できていない原因の一つが、障害者権利条約の不正確な翻訳である。障害者権利条約は英文が正本だが、外務省が日本語訳を公定訳として提供している。この公定訳に不正確な翻訳が含まれているという指摘である。

審査報告は“inclusion”, “inclusive”, “communication”, “accessibility”, “access”, “particular living arrangement”, “personal assistance”, “habilitation”について不正確な翻訳があるとしている。

たとえば“inclusion”は、第三条「一般原則」に書かれている。条約の原則の一つは「Full and effective participation and inclusion in society」だが、公定訳は「社会への完全かつ効果的な参加及び包容」となっている。「包容」は「広い心で、相手を受け入れること(大辞泉)」だが、「包摂:一定の範囲の中につつみ込むこと(大辞泉)」の方が正しい。広い心は、障害者を社会の中に包み込むための条件ではない。

アクセシビリティも翻訳は不正確である。英文第九条の見出しは“accessibility”だが、公定訳では「第九条 施設及びサービス等の利用の容易さ」となっている。

多くの施設のサイトに、施設への行き方の説明が載っている。「国立競技場へのアクセス」といえば、国立競技場への行き方の説明である。アクセシビリティ(accessibility)はアクセス(access)から派生した名詞で、「行くことができること」を意味する。情報アクセシビリティなら、その情報にたどり着けることである。

公定訳はこのアクセシビリティを「利用の容易さ」と翻訳しているわけだ。もちろん、利用は容易の方がよいに決まっているが、たどり着けなければ利用はできない。アクセシビリティは、利用の容易さよりも優先される根本的な要求条件である。

次回は、情報アクセシビリティに関連する具体的な指摘事項を説明する。

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